2010年12月3日金曜日

(第12号)『"ビーナス誕生"と、"春"』 2010.12.3




 イタリアのフィレンツエに、「ウフイツイ美術館」という、パリ・ルーブル美術館と並ぶ世界最高峰の美術館がある。
その本館2階に、この美術館を代表する「ビーナスの間」とでも言うべき部屋があり、そこには、イタリア・ルネッサンスを代表する画家ボッテイチェリの二つの大作、
『ビーナス誕生』と、
『プリマベーラ(春)』(巻末添付参照)
が、飾られている。
読者の皆様も、どこかで一度は、その写真をご覧になられた方が多いだろう。

 もう20年以上も前、ウフィツイ美術館を訪ねて、『ビーナス誕生』を目の当たりにしたときの感動は、今でも忘れられないが、ここ何年もの間、その感動が消えて無くなってしまいそうな経験が何度もあり、もう、そのときのことはすっかり忘れかけていたが、
あらためて「真実」に出会うと、
「自分はそのとき、"本物""感動"と出会っていたのだ]
ということが,よくわかる。
その秘密を解く「鍵」は、『ビーナス誕生』の隣に飾られている作品、
『プリマベーラ(春)』
の中にある。



"ダ・ヴィンチ・コード"ならぬ
"ボッテイチェリ・コード"



 "ヴィーナス"の起源は、言うまでもなく、ギリシャ神話の美の女神"アフロデイーテ"である。
ボッテイチェリは、ギリシャ神話に出てくる
「泡(貝)から生まれたロードス島のアフロデイーテ」
を絵にあらわしたのであるが、もう一枚の絵『春』も、実は、アフロデイーテにまつわるある題材をテーマにしていることは、あまり知られていない。

 ボッテイチェリは、1445年に生まれ、画家としては、あのメジチ家(コシモ・ド・メジチの次の代)の保護を受け、コシモ(ref.竹村健一)の命を受けて、『ヘルメス文書』の探索・発見・ラテン語への翻訳をやってのけた学者フィチーノの親友でもあった。

むしろ、ヘルメス学や秘教的知識への造詣(ぞうけい)は、フィチーノを凌駕(りょうが)していた、とまで言われており、
彼の作品には、レオナルド・ダ・ヴィンチに劣らず、様々な隠喩(いんゆ)が隠されていると言われている。

だから、彼の代表作『春』について、美術の教科書に出てくるようなオーソドックスな解釈を紹介することも可能であるが、

むしろ歴史的には、それとは違う『秘教的解釈』(主として「ヘルメス思想」や「エジプト思想」の研究者から提出されてきたもの)が、脈々と受け継がれてきて、途切れることがなかった。
今日は、「真理」に基づいて、その解釈に触れてみたい。



そっぽを向き、真理を探究するヘルメス



 巻末に添付してある『春』の画像をご覧いただきたい。
登場人物は、左から、ヘルメス、三人の美の女神(いわゆるギリシャ神話でいう「三美神」)、中央に位置するのがアフロデイーテ、そして、その上空に、愛の矢をつがえた天使エロス(キューピット)が舞っている。

 ヘルメスは、なぜかアフロデイーテからそっぽを向き、ケリューケイオンの杖をかざしして、雲を払っている。
 これは、見上げる天空の神秘の世界(真理の世界)を探究し、その真実を解き明かそうとしていることを示している。

天使エロス(愛の使いキューピット)は、矢をつがえ(その矢が当たると愛に芽生え、子を宿すと言われている)、まさにその矢を放たんとしているが、
その弓矢が狙いを定めている相手は、中央に位置するアフロデイーテではなく、三美神の真ん中にいるタレイア(花の盛り・喜びの意)である。

アフロデイーテは、ただ物憂げにその様子をながめているだけであり、下腹の様子は妊娠しているようにも見えるが、実際に子を宿すのは、三美神の中の一人である。
その美神の目は、ヘルメスに注がれており、彼女に愛が芽生えているのがわかる。

 昔から、この「三美神」という存在が、どうしてもよくわからなかった。ギリシャ神話を起源として、よく中世や近代の絵画にも登場するが、
現存するギリシャ神話では、単に「アフロデイーテの召使い」ということになっており、絵画の中で示されている存在感からは、ほど遠い。

しかし、「アフロデイーテ」というのは、当時、「美しい女性」、或いは「美の女神」をあらわす「一般呼称」であり、
「特定の個人をあらわす「固有名詞」ではなかった」
ということがわかれば、納得がいく。
"女神にも比肩される女性が三人いた"ということが、後々神話となっていった」
ということであれば、すべてに筋がとおるのだ。



「エロスとプシケー」、そして、「オフェアリスとイシス」



 面白いのは、この「解釈」が、何をベースにして生まれてきたのか、ということである。
これらの解釈が一様にベースにしているのは、ヘルメス思想史上も重要な位置づけにある、

ローマ時代の作家アプレイウスの作品
『黄金のロバ(変容)』
である。

「ボッテイチェリは、明らかに『黄金のロバ』からインスピレーションを得ている」
というのが、彼らの一致した主張である。
そして、この『黄金のロバ』の内容は、何から構成されているかというと、主として、

「エロスとその妻プシケーの遍歴の物語」
そして、
「オシリス(ハッピー・サイエンス的にはオフェアリス)とイシスの神話」
(とりわけ「イシスの秘儀」)
の二つから、構成されているのである。

 神話(とりわけギリシャ神話)というのは、常に、時の権力者や後世の意図によって、改変されるものである。
しかし、「真実」というのは、どんなに取りつくろっても、どこかで明らかになってくるのである。


 20年前のウフィツイでの感動は、やはり本モノだった。
私は、間違いなく、ロードス島の美の女神「アフロデイーテの誕生」を観ていたのだ。
ギリシャ神話上のアフロデイーテには、
「様々な逸話が流れ込んで」おり、
「明らかな二面性がある」
というのは、昔からつとに指摘されていた。

何年か前に、「アレキサンドリア展」が日本全国に転戦して開かれたとき、
神戸で漸くそれをつかまえることのできた私を、新幹線の出発時刻までのわずかな時間を使って、友人がそこに案内してくれたことがあった。
展示物の中には、石に刻んだレリーフで、
「サンダルでエロスを折檻(せっかん)するアフロデイーテ」
というのがあって、
その凄い形相に苦笑しながら、友人と無言でその場を立ち去ったことを、今でもよく覚えている。
その「アフロデイーテ」と「ボッテイチェリの描いたアフロデイーテ」は、
あまりにも違いすぎていた。
しかし、今となれば、すべては納得できる。

全知全能の神の下に、すべては必ず明らかにされる。
真理の灯火(ともしび)から、何人も逃れることはできないのだ。


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