2010年12月31日金曜日

(第14号)『誰が、世界とバーナンキを救ったのか?』 2010.12.31


(ここでは、ヘラトリ英語版サイトにvol.2として掲載された、"Who Saved Bernanke and Who Saved the World?" の日本語訳(全文)を掲載します。)


 2008年10月、世界経済は、間違いなく、がけっぷちに立っていた。前月の9月には、アメリカのリーマン・ブラザーズが破綻し、AIGが巨額の政府資金投入によって救済され、その土壇場の「国有化」で、世界経済は、何とか堤防の決壊を免れた。

 ベン・バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長も、「10月は本当に危なかった。大恐慌再来の寸前まで行っていた」と、後日のインタビューで述べている。誰もが1931年9月の悪夢~イギリス・ポンドの金本位制離脱(今で言えば大暴落)とそれに続く10年の大不況~を思い浮かべた。

 しかし、悪夢は起きなかった。それは、一部の人々(バーナンキとそのチームのメンバー)の献身的努力と幾分かの幸運の賜物であると、誰もが思った。確かにそれは、一部当たっている。

 しかし、真実を言えば、ある一人の男が、堤防を最後の決壊から守ったのだ。
世界の大半の人々は、その事実とその人の存在を知らない。真相を知る私のような人間から見ると、その様子は、あたかも、中国の故事に出てくる"墨子"の姿を思い起こさせる。

 あるとき、墨子の祖国が、隣国との戦争の危機に見舞われた。実際に開戦となれば、彼の祖国に勝ち目はないように思われた。彼は、祖国の王でも宰相でもなく、いわんや、何の権限も責任も有していない一人の知識人にすぎなかったが、誰から頼まれるでもなく、誰一人に知られることもなく、彼は、単独で、敵国に乗り込み、厳しい交渉を乗り切って、祖国を滅亡の危機から救った。 

 やがて、国境の町まで戻った墨子の姿を見た祖国のある農民は、「ふん、おいぼれ爺(じじい)め」と、彼のことを鼻でせせら笑ったが、しかしその農民は、「そのおいぼれ爺こそが、彼の家族の命と財産を守った」ことなど、知るよしもない。そして、昨日までがそうであったように、明日もまた、平和な日々が続いていったのだ…。
 
弾を撃ち尽くしていたバーナンキ

 

 以下に述べることのうち、欧米諸国における2008年の事実関係に関する部分は、主として、『バーナンキは正しかったか?』(デイビッド・ウェッセル)("IN FED WE TRUST" by David Wessel)による。一部の記述は、前財務長官の『ポールソンの回顧録』("ON THE BRINK" by Henry Paulson)にも依拠している。ウェッセルは、ウォールストリート・ジャーナル紙の現役エディターで、週に一度コラムを担当する、ピュリーツア賞2度受賞の敏腕記者でもある。

 実際、2008年9月は、ムチャクチャな一ヶ月だった。リーマン・ブラザーズが破綻したと思ったら、その2,3日後には、AIGが爆発して、この会社も木っ端微塵に吹き飛ぼうとしていた。 AIGは、一応、世界屈指の保険会社ではあったが、内実は、巨大ヘッジファンドと化しており、その問題債権(CDS(credit default swap)が毒入り饅頭化していた)は、世界中の金融機関が保有していたので、リーマン・ブラザースに打ち続くAIGの倒産は、世界の金融システムを完全にノックアウトして、回復不能にすると思われた。
   
 おそらく、バーナンキ、ポールソン、ガイトナー(当時ニューヨーク連銀総裁・現財務長官)の三人は、この間、不眠不休だったと思われる。しかし、本当の危機(爆弾)は、10月に控えていたのだ。

 さきほど述べたように、今回の金融危機で問題となったサブプライム・ローンや、様々なデリバティブ(金融派生商品)は、ヨーロッパの銀行も積極的に購入しており、毒入り饅頭の毒は、十分彼らの全身に回っていた。既にイギリスでは、100年ぶりに銀行取付け騒ぎが発生しており、10月初旬には、アイスランドで、国そのものが、事実上、破綻してしまった。

 また、焦ったアイルランド政府は、「自国の銀行に預金してくれれば、政府が全額預金を保証する」という"禁じ手"を使って、マネーフロー(資金の流入)を確保しようとし、愕然とした近隣諸国(ドイツなど)が、慌てて同じ措置を取って対抗する(自国預金の流出を防ぐ)という混乱状態の中に入りつつあった。

 アメリカは、10月の初旬には、あの有名な7000億ドル(60兆円超)の「金融安定化法案」を議会で何とか成立させて(一旦は下院が否決)、それだけの税金を投入して、アメリカの金融機関を救済する体制を整えたが、年末に締めてみれば、アメリカ(FRB)が経済に投入した資金のうち、実にその四分の一は、実際にはヨーロッパの銀行の救済に向かっていた。それだけヨーロッパも、危機的状況にあったのだ。これが、冒頭引用したバーナンキ発言(「10月は本当に危なかった」)の背景にあった事実である。

 しかし、1930年代の「大不況」を専門とし、当時の歴史を知り抜いていた前プリンストン大学教授バーナンキは、私の目から見ると、すべてを語っていたようには見えない。歴史の眼から見ると、本当の危機(爆弾)は、まだ除去されていなかったのである。
 

1931年の悲劇の本当の原因


 サブプライム・ローンのような問題債権は、当時、世界中の金融機関が保有していた。
その様は、まるで網の目状であり、リーマン・ブラザーズに一年先立つ「ベア・スターンズの破綻」に関わった専門家は、「つながりが複雑すぎて、とてもこの会社は潰せなかった」と語っている。

 例えば、ある新興国の中核的銀行が、たまたま問題債権(サブプライム・ローン等)への依存度が高く、更にたまたま、ヨーロッパのある国が、その新興国への投資比率が高かったら、その新興国の中核銀行の破綻によって、そのヨーロッパの先進国は、あっと言う間に金融危機に陥り、その結果、世界の金融システム全体を危機に陥れることになるだろう。


 これは、現実に、「去年の秋、中東のドバイのバブルが崩壊して、その地の開発公社が破綻したとき、そこに大量の投融資をしていたヨーロッパの金融機関の危機が叫ばれ、ヨーロッパの通貨である「ユーロ」が暴落しそうになった(つまり、欧州経済が大打撃を受けそうになった)」という一事を見ても、よくわかる。

 現実に、1931年の大恐慌は、そのようにして始まったのである。確かに、最初の震源は、アメリカ・ウォール街の株の大暴落(1929年秋)だったが、実際の引き金は、その1年半後、その大暴落の余波がボディーブローのように効いてきた、ヨーロッパの小国オーストリアの1銀行(クレディト・アンスタルト)の倒産によって、引かれたのである。それがドイツ経済を直撃し、その結果、当時、ニューヨークと並んで世界の金融市場の中心だったロンドンのシティを崩壊させて、世界は、「大恐慌」から「大不況」へと、突入していったのである。

 世界中の専門家の中で、この歴史の教訓(或いは"恐ろしさ")を誰よりもよく知っている者の一人が、間違いなくバーナンキである。しかも、IMF(国際通貨基金)の推定によれば、今回、アメリカの金融機関が貸し出したローンから発生した世界全体の損失が、2.7兆ドル(約240兆円)、欧州等の金融機関の貸出しから発生した世界全体の損失が、1.4兆ドル(約130兆円)で、合計4.1兆ドル(約370兆円)の損失(=時限爆弾or地雷)が、世界中の投資家や金融機関にばら撒かれた。だから本当は、アメリカとヨーロッパの金融機関を救済しただけでは、問題を解決したことにはならなかったのである。むしろ、1931年の教訓が教えることは、「米・欧共に、精魂尽き果てて(或いは責任意識が希薄で)、オーストリアという一小国を救済する余力も意志もなかった」ことが、世界大恐慌を引き起こしたのである。

 しかし、2008年秋の事態は、この1931年と酷似していた。アメリカ議会に7,000億ドル(60兆円超)の国内向け税金投入を決めてもらったバーナンキには、とてもではないが、追加資金の投入を要請できる雰囲気は、微塵もなかった。一方で、世界の新興国にばら撒かれた「時限爆弾」は、刻一刻と時を刻んでいた…。これこそが、「10月は本当に危なかった」という言葉の真意であることを、歴史は教えてくれるのである。
 
太平洋の反対側で、"救世主"が動く 


 そのとき、事態の推移を太平洋の対岸から、じっと見つめている男がいた。というか、彼は、リーマン・ショックが起きた瞬間に、コトの本質を理解した。
「おそらく、アメリカもヨーロッパも、自分の国以外には手が回るまい」
そう見抜いた"救世主"は、かつての中国の墨子のように、迅速に動き出した。日本政府の麻生太郎首相(当時)に連絡を取った"救世主"は、
「米・欧は手が回らない新興国の金融危機を未然に防ぐために、日本は大至急、大胆な資金の拠出をせよ」
とアドバイスした。

 この決断がもたらす絶大な効果も、そして、今起きている事態の重大な深刻さも、おそらくは十分に理解していなかった麻生首相ではあったが、マスター大川のアドバイスだということで、とにもかくにも、首相は頑張った。その実行面の責任者であった財務省の国際局幹部~彼は国際金融市場を司る司祭達=国際通貨マフィアの一員で、世界の仲間達からは、"次期財務官殿(通貨マフィアの日本代表)"(the next Mr.Viceminister for international affairs)と呼ばれていた~が、大川隆法幸福の科学総裁の東大時代のクラスメイトであったことも、幸いしたことだろう。
(勿論、大川総裁は、彼とは連絡を取っていない。しかし、大学のクラスの議論で大川総裁に歯が立たなかった彼は、マスター大川の"指示"(instruction)の持つ重みが、極めてよくわかるタイプの一人だったことだろう。)

 日本政府は迅速に行動し、新興国の金融危機を回避する手段として、IMFに1,000億ドル(約10兆円)拠出することを決定した。これが一瞬で、世界の金融システムに安心感をもたらし、事実上、「世界恐慌」を回避したことは、この日本政府の決定に対するIMFストロスカーン(Strauss-Kahn)専務理事の"手放しの歓迎声明"を見れば、よくわかるだろう。

 私の見るところ、これは、戦後の日本の歴史の中で、最も劇的で主導権の発揮された~言葉を換えれば、最も日本人離れした~国際貢献の一つであり、外交の一つである。しかし、世界の大半の人は、この救世主~現代の墨子~の存在を知らない。


次の一手


 日本国内の事情に詳しい方(Japan watchers)ならご存知だろうが、救世主は、鳩山前首相の反米思考を、約半年かけて修正させ、日米関係を破綻の淵から救った。菅直人現首相に対しても、その就任後には、(彼の本心はともかくとして)、事実上、外交路線を保守化するように強いて、太平洋の不穏な波が、これ以上大きくならないように腐心している。

 救世主はまた、アメリカ経済の苦しみについても、「何とかならないか」と、心を痛めている。日本がアメリカに手を差し伸べることによって、日・米ともに景気回復と繁栄への道に再び入れないか、その道を考えておられる。その口からは、まだ具体的な「次の一手」は述べられていないが、筆者が推測するところ、「この国全体を、中期的に円高の方向に持っていくことによって、アメリカに景気回復策(ドル安)の余地を用意してあげる」ことが、その中には含まれているように思われる。

 現代の救世主は、心の教えと来世の幸福を説くだけではない。救世主は本来、旧約聖書の中でも説かれていたとおり、現代の地上社会の諸問題を解決し、現実世界の中でも、人々を幸福にしていこうとしているのである。


『バーナンキは正しかったか? FRBの真相』(デイビッド・ウェッセル著/朝日新聞出版)



ポールソン回顧録』(ヘンリー・ポールソン著/日本経済新聞出版社)



朝の来ない夜はない―「乱気流の時代」を乗り切る指針』(大川隆法著/幸福の科学出版)

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。