2011年3月23日水曜日

(第20号)『この震災をもたらしたのは、ある意味で、マスコミである』2011.03.23

(本稿は、3月17日北海道正心館七の日講話の内容をまとめたものです。)


  本日はようこそ、七の日感謝式典にお越しくださり、ありがとうございます。
先週金曜日に東日本大震災が起きました。被害に遭われた方々には、心からお悔やみ申し上げますとともに、先生から、
『Be Positive!』
というお言葉もいただいておりますので、今日は「これから」のことに関して、お話をさせていただきたいと思います。
  元々、震災の起きる前に、今日のテーマとして予告していたのは、
「もし諸葛孔明が、北京ダックを料理するとしたらどうするか?」
でしたが、北京ダックというのは中国政府のことですね。
最近の諸葛孔明の霊言の中で、
「もし諸葛孔明が日本の総理大臣なら、中国政府をどう料理するか」
というお話が出てきました。
  その中で、「世界では常識で、戦前の日本でも常識だったのだけれど、戦後の日本では常識ではなくなってしまった事柄」について、諸葛孔明霊が指摘されていたので、「これは解説が要るかな」と思って用意していたのですが、これについては、次回に延期したいと思います。
震災直後ですので、テーマを変更させていただきますことをご了承ください。

 今回の震災について、(3/17の時点で)二つご法話を賜りました。
『諸行無常の風に吹かれて~インドと日本』という宗教的な内容のお話と、
『震災復興への道』という、政治関係のこの世的な解決方法からの観点のお話です。
 各論については、今後色々な方から発信がされていくと思いますので、それとは別に、これらの御法話の中で、ちょっと強めに発信しておかねばならないと思われることを二、三、述べたいと思います。
皆様も、二つのご法話を拝聴されて、印象に残っておられる箇所がたくさんあると思いますが、特に映画『仏陀再誕』のシーンとの関連に言及されたことが印象的だった方は多いのではないでしょうか。
特に津波のシーンですね。「今までの想定を超えた津波というのが本当に起きるのだ」という実感を得たのではないかと思います。

  「まるで映画がデジャブ(既視体験)のようでした」
という言葉は、御法話の前から、多くの方から伺っていました。
1994年に『ノストラダムス戦慄の啓示』という映画を作りましたが、あの映画の中で、高速道路がつぶれて落ちてしまったシーンがあったと思いますが、阪神淡路大震災で同じ光景を目の当たりにしましたね。
当時日本では、そういう惨事が起きたことは無かったにもかかわらず、高速道路崩落のシーンが、あらかじめ作り込まれていました。

  実は、あの映画の初代プロデューサーでしたので(3か月だけ、その後秘書に異動)、よく覚えているのですが、あのシーンは、作り込んでいくプロセスの中で入ってきたものなのですね。どこかでインスピレーションがあったのかと思いますが、あのシーンが出来上がりました。

  ロングランになって、最後は1月10日まで上映しました。その一週間後に震災が起きて、まるで予言のような映画になってしまいました。それは、何度も先生が仰っています。
『仏陀再誕』のクライマックス第一幕は、このようにして始まったわけですが、第二幕は何だったかというと、空からのUFOの襲来でしたね。

  先生も笑いながら仰っていましたが、「宇宙人がいきなり現れて人類を攻撃する」というのは、実際には考えにくいことですので、
「ある種の空からの攻撃を象徴している」
と仰っていました。
「この一言がどれくらい真面目に受け取られているか」ということなのですが、何となく聞き流されているのではないかと思いますが、私には、「身震い」のする御言葉でした。

  考えられるのはまず、北朝鮮からのミサイル攻撃です。
今回の御法話の趣旨でもありますが、
『日本人の目が覚めるまで、天からの警告は続くであろう』
ということが言われているわけです。
「目が覚める」とはどういうことか。「国論が変わる」ということです。
「仏神を軽んじる風潮が、マスコミの報道姿勢も含めて、変わる」
ということが、「国論が変わる」ということの意味です。

  震災が起きて、それが変わりましたか? 変わっていませんね。
石原都知事が「天罰だ」という発言をしたら、袋叩きに会って、撤回・謝罪までさせられました。もちろん、主も仰ったとおり、直接的には、「民主党政権に対する政治批判」だったわけですが、宗教を勉強したことのある方でしたので、「天罰」という言葉を使ったら、なんと、「不謹慎」だと叱られた。
では、天罰ではなかったのか?

  先生も仰ったとおり、「この震災は、国民に対するある意味での警告」でした。石原氏は正しい発言をしたのに、マスコミから袋叩きにあった。神様仏様の考え方に沿った発言をしたら、「不謹慎だ」と言われたわけです。
これでは、到底、「人々の目が覚めた」とは言い難い状況だと言わざるを得ません。
では、人々の考え方(仏神を軽んじる風潮)が変わらなければどうなるか?
『第二幕が開ける』
と仰っています。

  2012年公開予定の映画『神秘の法』が、単なる「予知」として終わるのか、それとも、阪神大震災のときのように、タイムラグ(時間差)を伴わない「現実」として現れるのか、そのことをおっしゃっているわけです。
客観的にみて、今回の震災後も、国論は変わっていません。

  「このまま変わらなければ、2012年に第二幕が開けるよ」
ということをこの御法話はおっしゃっているのですが、皆様は、そのことを明確に自覚されていますでしょうか。


「判断」ができない、日本のマスコミ


  後述しますが、現在の日本には、「日米安保を壊そう」という動き或いはベクトルが、伏流水のように、しかし明確に存在しています。

  鳩山政権末期に、それを一度押し戻しましたが、万一これが現実のものになると、北朝鮮から日本へミサイルが飛んできたときに、それに核爆弾が搭載されている可能性が出てきます。
(日米安保が機能していれば、さすがに核爆弾が搭載されることはないでしょうが。アメリカが、他国(イスラム過激派)へのシメシの意味でも、”撃ち得”状態を放置しないでしょうから、ピョンヤンへの報復措置を覚悟しなければならなくなるので、基本的には、安保条約が機能している限り、その心配はないと思います。)

  ただし、日米安保が機能していたとしても、これは別のご法話でも仰っていたことですが、仮に、核ミサイルではなく通常爆弾でミサイルを試しに(脅しで)撃ち込んできたときに、今の民主党政権では、脅しをかけられたら、おそらく何も反応できないのではないかと思います。

  「思考停止に陥って、反撃もしなければ反論もしない」と。とりあえず総理官邸で内輪の対策会議を開いて(今回の震災直後のように)、「いわゆる小田原評定を始めて結論が出ず」ということになるだろうというのですね。

  これは、今の民主党政権を見ていると、十分あり得ると思いませんか。いきなりミサイルを撃ち込まれたら、今の民主党政権ではどうしたらよいかわからなくなって、反論すらできずに(「相手を刺激してはいけない」と称して)、とりあえず会議をしている(笑)ということになりかねない。

  北朝鮮国内では、結構、暴動が起きているようですし、「国内に不満が溜まったら、外国を攻撃して国民の目をそらす」というのは、歴史の法則です。また、金正恩という若い指導者は、「リーダーシップがあるところを示したがっている」というのは、つとに指摘されているところですね。ですから、実は危険水域にあるのだということは、十分自覚しておいた方がよいと思います。

  一昨年の御法話の内容から引けば、来年はアメリカの大統領選挙がありますので、この前後、アメリカ国内では大きな意思決定がしにくくなります。大統領選挙期間中に、日本へ撃ち込んでくる可能性もあり得るわけです。
また、「諸葛孔明の霊言」で予言されていたことを分析すると(i.e.それを時間軸の数字におとすと)、民主党政権は、2013年の衆議院任期満了までもたずに、2012年中に解散総選挙に追い込まれることになるので、やはり国内も、来年選挙になる公算が大ということになります。

  そうなった場合には、またしても意思決定の空白期間が生じて、ミサイルを撃ち込まれる隙が生じます。
先生はサラッと仰いましたが、(「八ッ場ダム」と「スーパー堤防」を取りやめた失策が今回の震災被害を大きくしたことに加えて)、
  「自民党政権下で決定していた「パトリオット・ミサイルの全国配備」を取りやめたことが、あとで大きく響いてくるだろう」
というお言葉は、この文脈の中で考えてみると、なかなか恐ろしい言葉(予言)ではあると思います。
つまり、「国民・マスコミが仏神を軽んじている」ことを改めない限り、第二幕が開けてくると言われているわけですが、私達も、マスコミや世論に対して、それを強く訴えて、認識を改められるようにもっていかなければなりません。
「”このままいくと反作用が起きるぞ”という警告が、御法話を通して降りた」
と解さなければいけないのです。

  私達も、モタモタしていてはいけません。伝道し、啓蒙していかねばなりません。「不作為の罪」をあとで後悔することがないように、頑張らないといけないのです。
「少なくとも、宗教的なことについてはスパッと理解できなかったとしても、政治的な事柄については、この2年近く、総裁先生が言ってこられてきたことは、全て当たっているではないか」、
「そのことをマスコミは明確に認識しているにも拘わらず、何もなかったかの如くやり過ごせる(無視できる、or自分達の不明を隠しおおせる)と思っているとは、何事であるか(無責任も甚だしい)」
と仰っているわけです。

  「この反作用は大きいよ」と。
そのために、インドとネパールでの国営放送での放映(総裁先生の御法話の)との対比について、お話されました。インドでは国営放送で流れましたし、ネパールではなんと、生中継で、国営放送が先生のご法話を流しました。
インドでもネパールでも、事前に先生の御法話VTRを1本見て、放映を決定したそうです。たった一本で放映する価値を判断できたにもかかわらず、日本のテレビ局は、既に何百本も撮りだめしながら、未だに思考停止状態です。

  これは私も初耳でしたが、ネパール国営放送では、「韓国国籍の国連の潘(ハン)事務総長のスピーチを生中継で放送して欲しい」という申し入れがあったそうですが、事前調査の結果、潘事務総長は統一協会系であったことが判明したので、生中継を断ったそうです。
 断った上で、「再誕の仏陀・大川隆法の生中継の方は、事前のビデオ一本で決定した」というこの事実を、日本のマスコミはどう見るかです。
つまり、「裏でお金が流れたのではないか」とか、あまりにも低レベルの反応しかできないマスコミ諸氏に対して言いたいのです。(その発想自体、インド・ネパール国民を随分バカにした話であることは、明記されなければなりなせん。)
実は彼らなりに、宗教先進国として、「厳正なる審査の上で決定した」という事実に対して、どう反論するのか、ということが問われているわけです。

  この件に限らず、他の事例も含めて、
「自らの(マスコミの)タブーに関する”不都合な真実”を指摘されると、ひたすらダンマリを決め込んで逃げに入る」
というのが、日本の大手マスコミのワン・パターンの反応ですが、そろそろこれが通用しなくなってきていることが、やがて思い知らされることになるでしょう。
これは、本当に声を大にして、世間の人々の耳に届けなければなりません。
「マスコミの間違った報道により、日本国民が間違った方向(仏神を軽んじる)に誘導され、その結果、このように未曾有の災害が、ある種天罰として下っており、この風潮が続く限り、天の警告もまた続くのだ」
ということは、広く啓蒙されなければならないのです。

  今日は時間の関係で、「テレビの免許制」や「新聞の再販制」のことは省略しますが、こういう事業者間のカルテル(談合)によって、中国共産党(朝鮮労働党)並みの唯物的な独裁報道(真実の無視、圧殺)が続いていることについては、そろそろ世の中が許さなくなっていることを知らなければならないでしょう。


アメリカ外交官更迭の愚


  また、昨日の御法話でも触れられていましたけれども、アメリカの国務省(日本の外務省にあたる)の日本担当部長が、「沖縄を馬鹿にする発言をした」ということで、更迭されるという事件がありました。
先生は、「ジョークですが」と前置きをされつつ、「頭に来たアメリカ(軍)が、地震兵器を使ったのではないか、という噂(うわさ)が出ていた」と仰っていましたが、確かに地震は更迭の翌日か何かに起きましたから、実は私も一瞬頭をよぎったのですけれども、さすがに言葉には出来ないと思って、黙っていましたが。

  ジョークはさておくとしても、この件について日本国内では、誰も正論を言いませんでした。(or言えませんでした。僅かに櫻井良子さんが、「発言の状況説明をされていた位で。)
御法話の中で、
「『アメリカの外交官が不適切な発言をした』といって怒り心頭に達していたが、但、事実だったらその言葉を受け取って、もっと真剣にならなければいけないし、あまりにも腫れ物に触るような感じになりすぎている。被害者意識が強すぎると思います」
と仰っていました。

  ここまではっきり発言をされたのは、日本では初めてだと思います。
「確かに、沖縄の県民からみれば侮辱に当たる部分はあったと思うが、「ただ、事実か事実でないか」ということを白紙の目で見たら、この方は非常に正直なことを言ったと思います。つまり、「非難をする側が、発言をするに当たって、日本の国益を考えていない」ということを、非常に的確に批判をしていたと思います」
とおっしゃっていましたね。
  「今の極東アジアの情勢(中国・北朝鮮の状況)を冷静に見たら、(普天間基地の移設問題は)本来、沖縄が判断すべきことではなく、ここまで(沖縄が)言ってくるのは、国権、つまり国の権力に対する侵害である」
と、ズバリ言わなければいけないのに、
「皆、口を拭って問題のすり替えをして、誰も本当のことを言わない。これはおかしいですよ」
ということを彼は言ったわけで、これは非常に的確な批判であったと思います。
当たり前の話であり、実は多くの人が当たり前だと思っているにも拘わらず、この件に関しては、誰も本当のことは言わなかった。

  こういうことを放っておくと、本当に日米安保が崩れていく可能性があります。
アメリカは、体面上日本に謝りましたが、その謝罪の模様を映像で見ていた限りでは、
「謝罪しながらも、腹の中は煮えくり返っている」
ように見えました。これは、『もしドラッカーが日本の総理ならどうするか』のドラッカー霊の言葉を借りれば、
「普天間基地の移設問題が、アメリカ国民に対してどういう傷を与えたか、鈍感な日本国民は、まだわかっていないようである」
ということです。
それを象徴した事件でした。

  「なぜ、正当で、まともなことを言った方が、クビにならなければいけないのだ」と。
どうしてこんな話をしているかと言いますと、この件には「謀略説」が出ているくらい、リアルな構図になっているからです。
背景を少し説明しますと、アメリカ政府の東アジア担当者というのは、長年、政権が共和党であろうと民主党であろうと、少なくとも、戦後長きにわたって、「そのポストには日本の専門家を置く」というのが、党派を超えた基本方針だったのです。
どちらの政党から大統領が出ても、「北東アジア方面とアメリカがどう付き合っていくか」ということに関して、担当者は日本の専門家を充てるというのが長年の慣例であったのですが、オバマ大統領が当選して、初めてその慣例が破られたのです。日本の専門家を外して、代わりに中国の専門家をそのポストに置いたのですね。

  それについては、関係者一同びっくりして、危機感を感じていました。
ところが、オバマ大統領にしても、中国専門家を置いたまではよかったものの、その後中国には散々裏切られて、たとえばコペンハーゲンでの「地球温暖化会議」の際には、中国から徹底的に無視され、訪中しても鼻であしらわれ、約束は守らないし、人民元はいつまでたっても人為操作を繰り返して、不正を改善しないし、レアアースの輸出を止めたり、その割には軍事拡張を続けて、「世界の仲間入りをしよう」という態度が全く見られないので、さすがにオバマ大統領も、あきれ返ってしまったのですね。

  中間選挙で負けたこともあって、人事を就任2年目の折り返し地点で見直して、最初に起用した中国専門家を外して、昔からのスタイルである日本の専門家達に戻したところだったのです。
その象徴的存在が、今回更迭されてしまった人物なのです。「彼の奥様は日本人で、本人も日本語がベラベラであった」にも拘わらず、です。
しかも、今回非難された言動とは、数年前の、かなり非公式な場でのオフレコ発言であり、
「なぜ、そのようなものを今頃ほじくり出して、わざわざ言上げ(ことあげ)する必要があるのか」
という疑問に満ちた出来事だったわけですね。

  マスコミ関係者も、皆、そのことを知っていながら、誰もそれを正面から取り上げようとしない。元リバティ編集長的には、
「誰がそれをほじくり出して、その人に情報提供した人は誰で、その情報提供者を援助しているのは誰なのか」、
是非とも知りたいところです。
こういうことが背景にあるということを、是非、知っておいてください。
つまり、「日米安保を壊そうとする流れが、この国には現に存在している」ということなのです。私達ががんばらねばならない所以(ゆえん)です。

あと、「原子力発電」と「火事場泥棒的増税」については、レジメでは省略しますが、いずれのテーマも、左翼的言論(マスコミ)が、国を大きく過つ可能性がありますから、まさに「マスコミに対する監視」が必要です。
勇気をもって、世の中を啓蒙してまいりましょう。本日はどうもありがとうございました。(以上)

2011年3月8日火曜日

(第19号)『「ヤハウェ、エホバ、アラーの正体を突き止める」を読み解く』2011.03.08

(本稿は、2011年2月27日北海道正心館七の日講話の内容をまとめたものです。)


 こんにちは。2月最後の七の日参拝に、ようこそお越しくださいました。
今月から精舎御法話で、
『ヤハウェ、エホバ、アラーの正体を突き止める』
という霊言が始まりまして、このお三方を呼び出したら、どんな方々がお出ましになるのか、ということで収録してくださいました。
それがなんと、超メガトン級の内容だったのですが、どういう意味でメガトン級かといいますと、日本人にはちょっとピンと来ないかもしれませんが、
「聖書の民」にとっては絶句するような、とてもインパクトの強い霊言になっていると思います。
これを聴かれたアメリカ在住の日本人の友人に、
「想定される反応はいかに」
と聞いてみたところ、確かに「ナルホド」と思われることがありました。
このご法話は、まだあまり注目されていませんが、長い目で見ますと、かなり強烈な方の部類に入る御法話かと思います。
というのも、これから10年間の世界情勢を考えますと、大きなポイントは2つあります。一つは、
「中国を自由主義国家の国に、仲間入りさせることがに出来るのか」
ということで、それと
「幸福の科学の真理が広がっていく」
ということがパラレルに(平行して)進んでいく、というテーマですね。
もう一つは、最近の御法話でも取り上げられていますが、
「ハルマゲドン(終末の最終戦争)が、果たして、中東の地で、「核戦争」という形で起きるのか」
という問題です。
 イランの核兵器の完成が、しばらく前まで、
「2014年頃ではないか」
と言われていたのですが、一部国内でも報道されたとおり、イスラエルとアメリカが組んで、ソフトを開発して、イランのウラン濃縮工場のコンピューターに侵入して、そこのプログラムを破壊してしまったらしいのですね。それによって、
「概ね2年から2年半、核開発が遅れることになった」
と報道されていました。
それでも、延びたといっても2年半ですから、先方(イラン)に「完成させる」という明確な意志があれば、時間の前後はあっても、完成に向かいます。
 
 また、『教育の法』セミナーの冒頭でもおっしゃっていましたが、今後、イスラムの主流派であるスンニ派中心のエジプト、シリア、サウジアラビアという、イスラエルを取り囲む3国家が、
シーア派国家のイランが核武装した場合、別の意味でその3国も、やはり核武装することが予想されますので、結果としてその核は、イスラエルにも向けられることになり、イスラエルは、3方向から完全に核包囲されることになるだろうと。
軍事的には、これは「チェックメイト」、つまり、チェスで言う「勝負あった」という状態になりますので、イスラエルがそれに対して、「座して死を待つ」ようなことをするとは思われないわけです。
その前に「先制攻撃に出るあろう」と言われています。(現に1981年、イスラエルは、イラクの核施設完成を目前にして、先制爆撃を仕掛けて、これを潰しました。)
 ですから、イランの核兵器完成が技術的に延びたとしても、2016年あたりには、こういう事態が起きることは、今のままいけば予想されるわけです。
これをなんとか政治的に解決しようと、アメリカ(民主党政権)なども努力しているところですが、根本的には、当然のことながら、宗教対立が問題の本質です。
 先般の『教育の法』セミナーでおっしゃっていましたが、今、世の中では、
「エジプトを始めとするイスラム世界が民主化に向かって動き出した」
と喜び勇んで、もてはやすように取り上げられていますし、また、その先陣を切っているのがオバマ大統領であるようにも見えるので、
「オバマの見識が浅い」
ともおっしゃっていました。要するに、独裁国家が崩れて民主化しても、有権者がイスラム原理主義などの影響を受けている限り、独裁者の代わりに国会の議決で、(核)戦争が始まるだけなので、
「独裁国家なのか、民主主義国家なのか」
という形式の問題だけで判断してはいけない、ということを仰っているわけです。
それを見抜いたメディアは、日本国内にはまだありません。
 根本的解決は、
「啓蒙(伝道)による宗教対立の解消」
なのですが、いかんせん、時間が足りません。
となると、リンカーンなどの霊人がおっしゃっているとおり、アメリカ(イスラエル)とイスラムの間の仲裁ができるポテンシャルを持っているのは、今、世界で日本しかないので、
“主導権を発揮せよ”
と督促されています。
以上述べたように、このままいくと中東情勢は、かなり危険な流れに入っていくと思われます。

                ヤーウェ、登場!


 従って、この10年ほどは、政治プロセスも少なからず駆使して、中東の核戦争の危機を回避していく努力がなされると思いますが、
それにしても、その努力に迫力と裏付けが出てくるためには、ユダヤ・キリスト教世界(アメリカ)とイスラム教の世界の両方に、ある程度、伝道と啓蒙が進んでいくことが必要になります。
そうなってくると、当会の世界伝道の根拠のところが問われてくるわけですね。
 根本のところで、幸福の科学は何を言っているかというと、
「全ての宗教の根源に、エル・カンターレがいる」
ということを言っています。
キリスト教の源においても、イエスが父と呼んだのはエル・カンターレであり、
イスラム教の源においても、取りあえず今までは、
「アラーというのは、(エル・カンターレの下にある)40人くらいの指導霊団の総称のことを指しており、アラーはよく、自らのことを「我々」という複数形で呼んでいた」
と主張してきました。

 ユダヤ教においても、
「"我はありてある者"(I am that I am)と創世記の中で語った創造主は、エル・カンターレである」
と、ハワイの"Be Positve"の中で述べられました。
「この3つの宗教の源には、エル・カンターレが居り、これが、諸宗教を統合し、平和に導く存在である」
と、あっさり言っているのですが、言われた側の立場から考えてみると、これは恐ろしいことではあります。
恐ろしいことではありますが、私達もそろそろ、逃げも隠れもせずに、これをはっきり言っていく時期が近づいてきているのを、今回の「霊言」は教えてくれます。
そして、
「その主張には、確かに霊的実態としての根拠があるのだ」
というのを証明したのが、今回の「霊言」になるわけです。

 これから、ご法話の内容に少し触れますけれども、その基礎知識として、旧約の神の名前について、少し説明をしたいと思います。
ヤーウェというのは、本来、「その名を語ってはいけない神様」ということになっています。文字としては、英語表記でYHVH、母音が一切無い神聖文字、子音しかない、わざとそういう表記になっています。
旧約聖書では、創造主になっていて、「果たしてこれが真実なのか?」というのが今日のテーマでもあります。
そして、この神聖文字の間に、母音を想定して呼んだ名前が、「エホバ」になり、一応、ヤーウェとは同一の神様ということになっているのですが、実はよくわかりません。
というのも、創造主といわれていながら、やたら嫉妬したり、人を殺したり、イナゴの大群を発生させたり、川を血で染めたり、いささか品性を疑われる言動が多く、
「これが新約聖書の神(イエスの父)と同一の神様なのか?」
というのは、キリスト教研究の歴史の中でも、長らくテーマであり続けました。
そして、アラーについては、ご存じのとおり、「コーラン」の中で、「私」(単数形)で登場したり、「我々」(複数形)で登場したりする不思議さが、残っていました。
それでは、内容にはいります。

 まず、ヤーウェが招霊されたのですが、最近登場した何人かのインドの神様ほど極端ではありませんでしたが、かなりユニークな登場の仕方をされました。
まず質問者が、
「エローヒムのことは、ご存知ですか?」
と尋ねたところ、
「よくわからない。一人のような気もするし、何人もいるような気もする。自分の敵になったり、味方になったりする、節操のない怪しげな神様だ」
と答えていました。
次に、「エル・カンターレは知っていますか?」と尋ねると、
「確か、ニューヨークにいるユダヤ人が、エル・カンターレと言っていたのを聞いたことがある」
と面白いことを言っていました。
おそらく、ニューヨークの信者さんが伝道された方がいたのか、ユダヤ人同士でエル・カンターレという名前を語っているのを天上界から見ていたのか、いずれにせよ、とても面白いエピソードです。
さらに、
「あなたはどなた(神様)の指導を受けているのですか?」
と尋ねたところ、怒り出しまして、
「なんと失礼なことを言うのだ!我以外に神なし!」
と言い放ったんですね。これで正体が明らかになりました。
「我以外に神なし」と言い切ったのはこの神様だったわけです。
「エジプトの神は偽ものであって、私のみが正しいのだ。私を指導する神様なんているわけがない、けしからん!」
と怒りだしました。その後で、
「我は憎むものであり、妬むものである」
とも言いました。大体これで、ヤーウェの名の下に語られている言葉の、どの部分が、ここで登場した「ヤーウェ」という存在によって語られたかが、分かってきます。
今の部分が、“この”存在が語ったところです。それ以外の部分で、別の色合いのする言葉は、別の神様が語ったということも、推定がつきます。別の神様はまた後ほど出てきます。

 ハワイでの説法『Be Positive』の中で、旧約聖書の「出エジプト記」の中でモーセに対して、『I am that I am.(我は在りて在るもの)』と語られた、その言葉の真の意味
についてお話をされていますが(後ほど触れます)、
これを受けて質問者が、
「これを仰ったのはあなた様でしょうか?」
と尋ねると、
「そんなことを言った覚えはない」
「モーセに啓示を降ろしたのは誰か知らないが、わしはそんなことは言っていないし、それは他の神の言葉だろう」
と答えているのです。これによって、旧約聖書が編纂された段階で、ヤーウェという名を主語にして語られた言葉の中で、いわゆる、ここで登場してくるヤーウェと、それ以外のものが混ざっているのがわかってきます。
「それでは、あなたはモーセに対して何を言ったのですか?」
と尋ねると、
「モーセに対しては偶像崇拝を禁じよと言った」と。
これは「『黄金の法』講義」にありましたが、「エジプトが偶像(神像)崇拝をしていたので、それに対するアンチテーゼとして禁じた」とありましたね。
モーセがシナイ山から降りてきて、怒りまくって大勢の人を殺した時に、「牡牛の神様の像をたくさん作ってあったのを全部壊した」、その指示を降ろしたのは自分だとも言っていました。
それから、
「私を信じない者はいくら殺してもいい」
とも。大体これで見当がついてきますね。

 キリスト教が広がっていったときに、聖書というのは、新約聖書はイエスの言葉ですが、旧約聖書と一緒になって広められていきました。そうすると、なんとなく旧約に載っている神様が、元なる神様というイメージが出来上がってきます。
もちろん、イエスへの信仰が立ってくるのはいいのですが、それ以外の部分がヤーウェへの信仰へと流れてきて、
「それで私は一定の力を持つことができたのだ」
とまでストレートな言い方はしていませんでしたが、そういうニュアンスのことを言っていました。
「この頭の良さで、まんまと成功したのだ」というニュアンスでしょうか。似たような話は、最近もありましたね(笑)。


              ヤーウェとエンリルの関係は?

 その後、ヤーウェに対して、
「イスラム教はいかがですか?」と尋ねたら、
「あんなのは牛の糞(ふん)だ」、
「ムハンマドは、インチキ半分にイスラム教を作り上げた」と。
その後、
「それでは、ムハンマドに啓示を送られたのではないのですか?」
と尋ねました。
これは古い会員さんならご存知かと思いますが、『アラーの大警告』という本が昔ありまして、絶版になりましたけれども、これは高橋信次という霊が、一応9次元霊と認定されているエンリルの7次元における分霊なのですが、その霊が、
「自分は、旧約聖書の一番偉い神ヤーウェであって、かつ、イスラム教の唯一神アラーでもあって、要するに全部、私なのだ」
と言っていたことがあったのですね。絶版になっていますが、一応これを念頭において、改めて質問したわけです。
それで、その答えは、
「ムハンマドに啓示を送るわけないだろうが!」
「牛の糞のような宗教に、なぜ私が啓示を降ろすことがあるのか!」
「あんなのはクズだ!」
と一蹴していました。ここまで言い放っているところを見ると、
「この神様が主として指導しているのであれば、やはり戦争が起きそうだな」
という感じがします。
さらに「エンリルはご存知ですか?」と尋ねると、
「う~ん、名前は知っているけれども、わしじゃないよ」
「もう一つ上の神様の部下だろう?」
という面白い答えをしていました。(「私は誰かの部下になるような神ではない」と、言いたげでした。)
 旧約聖書は、ご覧になればわかるのですが、最初に『創世記』があり、7日間で天地を作られたという記述があります。それから、モーセが生まれて、「出エジプト」までをつづった「モーセ五書」というのがあります。
「モーセが、ヤーウェは天地創造の神であると(まんまと)書いてくれたので、まことに可愛い奴である」
と、モーセのおかげで随分自分が偉くなったと褒めています。

そして、ここからなのですが、モーセは3200年前に生まれていますが、
自分は、さらにその1000年前に生まれている」
と言っています。その中で、
「自分は、ユダヤの最初の族長(民族の始祖)アブラハムだった」
と語っています。
モーセ五書の中で、モーセが「ヤーウェから受け取った」として語っている言葉の中に、自分の言葉がないわけではないけれども、
「基本的には、「モーセ五書」の中に出てくるヤーウェとして語っているのは、自分ではないと思う」
と言っているわけですね。段々、皮が剥ける(むける)ように、正体がわかってきます。

次にミカエルについて尋ねました。この趣旨は、ミカエルの霊言を幾つか録ったときに、

「私はイスラエルの守護神で、イスラム教を撲滅するのが仕事だ」
と言っていたことによります。それに関しては、
「まあ、ユダヤ人として生まれたことがあるからね。こういう、「一神教の側に立って邪教を倒す」ということを生きがいにしている神様もいるから。ああいう人は、各民族にいるんだよ」
とした上で、
「ユダヤに生まれて、エルサレムに愛着があって、守りたいって言っているんじゃなの」ということで、「別に連携しているわけではない」という感じでした。結構、神様の世界も、勝手にやっているところがあるという感じがします。

 そして最後に、
「第二次世界大戦にかかわることもやっていた」
とポロっと言いました。「ヒトラーと戦ったチャーチルですか?」と聞いたら、
「チャーチルの前に生まれて、チャーチルを動かした、ユダヤ人であり政治家である」と。
「ヤーウェの霊言」ではここでまでですが、最後の先生のコメントの中で、
「これに該当するのは、ディズレーリくらいしかいないな」
とおっしゃっていました。19世紀後半、大英帝国全盛の時代に二大政治家が出ていまして、進歩派(自由党)がグラッドストーンで、保守系の方がディズレーリです。アフリカの植民地化を激しく進めた人でもあります。
 そして、「今は何をしているのか」と尋ねたところ、
「アメリカに行って、ユダヤ資本を動かし、政治家やマスコミを突いて、"イランが核兵器を作っているから先制攻撃したい"と、アメリカの世論を動かそうとしている」
と答えていました。
大体これで、ヤーウェの一つの側面が見えてきたと思います。


               エホバの正体!


 次に、エホバが招霊されたら、なんと、ゼウスが出てきました。
「あなたはヤーウェですか?」と聞いたら、
「私はヤーウェとは違う。ゼウスの分霊だ」
と答えました。
「魂の兄弟と言ってもいいかもしれない」と。
ゼウスはいろいろな顔を持っていて、祟り神の部分と、芸術の神の部分などありますが、「その祟り神の部分が、分霊化して現れてきたのが私だ」
と言っていました。
「なぜ、イスラエルに生まれてきたのか」という問いに対して、
「自分亡きあと、ギリシャは衰退してきて、逆にヘルメスの流れを汲んだエジプトの方が興隆してきた。それに対抗するために、今度は、エジプトの隣のイスラエルに出てきたのだが、そのエジプトと、カナン(イスラエル)の地の元々のアラブ先住民族の両方から挟み撃ちにあってしまい、思うようには発展させることができなかったのだ」
と言っていました。
「“I am that I am.”と言ったのはあなたですか?」と尋ねたところ、
「自分ではない。私はエリヤが、カルメル山上でバール信仰の僧侶達と戦った(霊能力合戦をやった)ときに、火の玉が降らせて、相手側の300人の僧侶を殲滅した、その逸話が旧約聖書に残っているが、その雷を落としたのが私だ」
と言っていました。
「エローヒムを知っているか」と尋ねたところ、
「ヘルメスのことだろう?知っているよ。ヘルメスには、ちょっと仕返しをしたのだ」

と、非常に面白い言い方をしていました。
「後世、ギリシャ神話の中で、ヘルメスをゼウスの子供にしてしまったので、ヘルメスからも、ちょっと、お仕置きがあったのだ」
という趣旨の話もしていました。

 ヤーウェについては、
「ヤーウェは、ユダヤ民族のことしか考えていないが、私はもう少し地球レベルで考えている」
と言っています。
その一例として、その場では名前は特定されませんでしたが、他の箇所のゼウスの霊言で出てきた、
「イギリスに、シェークスピアとして生まれたことがある」
という話をしつつ、
「自分は、「小国に生まれてその国を大きくする」ということをやっていて、たとえば、ギリシャもそうだったし、イギリスも、当時は小国だったのを勃興させた。そういう文明実験として、イスラエルに生まれたのだけれども、うまくいかなかったのだ」
とのことでした。
そして、重要な点として、
「今のイスラエルは指導していない」
とのことだそうです。
 最後に、ミカエルについて聞いたところ、
「ミカエルは、アメリカに生まれているんじゃないの?」
という返答に、一同びっくり。
「あぁ、もう亡くなっているかもしれないね。現代のアメリカの政治家だよ」
と。ここで霊言は終わっています。
その後、あちらこちらから、「誰ですか?」「○○ですか?」との問い合わせが、私のところに沢山ありまして、ミカエルの霊言の内容と、その人の言動や考え方を比較し、霊的な要素を考慮に入れると、おおよそ検討はつきますが、
これはやはり、主がおっしゃるべき内容かと思いますので、(それだけ、現代のアメリカにとっては、重みのある答え)、ここではコメントは控えさせていただきます。


           エンリルは、9次元霊なのか?

 最後にアラーについて。

(ここでは始めに、「エロヒム意識が総裁先生にかかってくる」という不思議な現象のメカニズムについて、「宇宙人リーディング」を例にとりながら、説明がありましたが、レジメの方では省略します。)

最初にアラーが言った言葉は、
「アラーとは、エローヒムのことなんだよ。エローヒムがあの時代に、アラビア語でアラーと名乗ったのだ」
ということでした。
「『創世記』の中の天地創造の箇所で、ヤーウェの名の下に語られたことの中に、かなり混同がある」
というのです。
あれは元々、メソポタミア地方(エロヒムのホームグラウンド)の神話で、(これは、宗教学の方では常識。19世紀末のドイツの考古学者の発掘によって、確認された。天空神アヌ(エル・カンターレの分霊)を中心とした物語)、
それをモーセ等が旧約聖書に取り入れて、創世神話を作ったのですが、そのことを指して、
「だから、元々、エローヒムやアルファの考え方が入っていたんだね」
というわけです。
この神話自体が、エロヒムの世界の話で、エロヒムに起源があるわけです。
そして、
「“I am that I am”と語ったのは、オフェアリスだ」
と、さらっと語られました。

その後、いい質問が出まして、
「(エル・カンターレ系は多神教的なはずなのに)、アラーは一神教的なことを説いていますね」という質問に対して、アラーの答えは、
「"至高神か唯一神か"と言っても、結局、"『神様』と『神様以下』の境界線をどこで引くか"の違いだけなんだ」
というわけです。
「ほぉ~っ!」と、うなりました。
日本神道のように、6次元と5次元の間に神様の境界線が引かれた?場合には、八百万(やおよろず)の神々がいることになるし、7次元と8次元の間に境界線を引けば、500人くらいの神様がいることになるし、
9次元以上が神様と決めれば、10人しかいないことになるし、もっと厳しい基準を適用して、厳密には、『主への祈り』講義にもありますように、
「9次元霊といっても、本当は、主エル・カンターレの下、地球系霊団に入れてもらって、修行をさせていただいている身なんだ」
ということになれば、神様は一人しかいなくなるわけです。

今のインドでも、現在、先生が巡錫に行かれてますが、先般、『ヒンドゥーの神々』の霊言で、質問者が、
「ネクタイを外させられて、土下座させられて、あやうくサリーを着させられそうになり、最後は、坊主頭にさせられる寸前だった」
と思いますが、両手にナイフを持って、
「お前のことを食べたい」だの、
「生贄(いけにえ)にしてやる」だの、
それはそれは、凄い世界が展開していましたが、
「ああいうのを見ると、一度イノベーション起こして、インド宗教界の建て直し(お掃除)がいるので、インドには、新しい一神教が必要だと思う」
と、エローヒム(アラー)はおっしゃっていました。

 また、「エンリルとは誰ですか?」と質問をしたところ、
「(アラーではない。)高橋信次霊の騙り(かたり)だよ」
とおっしゃって、
「無視した方がよい」
とのことでした。
さらには、
「実は、エンリルが9次元霊だという分類も、あやしい」
とされた上で、
「エンリルは魔法界だと言ってますが、魔法界の神様のトップは、オフェアリスであり、ヘルメスであるんでね」
「(コーランにも出てきますが)、ジンという砂漠の魔法使いの神様がいますが、(ディズニーの映画「アラビアンナイト」に出てくる「魔法のランプに閉じ込められていた"ジーニ"の語源に当たる)、これがエンリルの正体だろう」
と、おっしゃっていました。

 最後に、「一番最初に出てこられたヤハウェとは誰ですか?」と聞きましたら、
「エジプトに滅ぼされた、アフリカのエチオピアあたりの小さな神様じゃないか」
「今で言えば、失脚寸前のリビアのカダフィ大佐みたいなもんだよ」
と、軽く一蹴されました。
 これを踏まえて、総括をしてみたいと思います。


 それでは、今までのポイントを整理してみます。
いわゆる旧約聖書の世界でヤーウェと呼ばれる存在は、天地創造の神であって、偉大なる神というイメージがあるのですが、その中には、色々な神様の言動が混在していて、たとえば、エローヒム的なものもあれば、ゼウス的なものもあるけれども、
何かと今問題になっている、戦争の原因や宗教上の対立を生んでいるもの、つまり、
「どうして宗教同士が戦争をするのだ?」
という一神教的な対立、言葉を換えれば、「唯物論の側からの宗教に対する反論の根拠」を与えてしまっているのは、主として、
「今日の最初に登場したヤーウェである」
ということです。
要するに、民族主義的な、“自分以外は信じるな”とか“他宗の人間は殺してもよい”というような言葉を旧約聖書に残した神は、
「正確にはエチオピア辺りの小さな神様や、初代族長のアブラハムを過去世にもった存在であった」
ということです。
 これに関して、エローヒムが最後に言ったのは、
「イスラエルは今、人口1千数百万人程度の国であって、当時で言っても都市国家の中の一つくらいの規模であり、この程度の国を治める神様というのは、当時でも、あちらこちらに沢山いた」
ということです。
「今風に解釈したら、タリバンの神様みたいなものであり、あるいは、直近の話題に即して言えば、前述したように、リビアのカダフィー大佐みたいなものだ」と。
「もし現代に生まれ変わって仕事をしたとしたら、カダフィー大佐のように映るでしょう」
ということでした。
 一方、ヤーウェの言葉の中で、本質的、普遍的な部分を取り出してみると、ハワイでの説法“Be Positive”の中で仰っていた、
“ I am that I am.”
はどういう意味かというと、ハワイでは、3点に分けて説明してくださいましたね。
まず、
"I am the being."~ 「私は存在そのものである」と。そして、
"I am the origin."~「私は、魂やあらゆる存在全ての起源であり、源である」と。「全てが私から分かれて生まれた」という意味です。3つ目が、
"I am the origin of love."~「 私は愛の起源、愛の源である」と。「この世に満ちている愛はどこから来るのかというと、私、エローヒムから来ているのである」、
とモーセに伝えたのが、"I am that I am"の意味なのだと、教えて下さいました。

 これを見ると、本当に、「本質的」で「普遍的」な教えが説かれたのがよくわかりますが、こういう「本質的」なことを後世に伝えたのは、カダフィ大佐のようなヤーウェではなく、オフェアリス、つまりエル・カンターレだったのです。
そして、ユダヤ教の一番の核心の部分、コアの部分は、エル・カンターレが語り、エル・カンターレから流れてきたのです。
つまり、信仰の対象は、本当はエル・カンターレであった(少なくとも「エル・カンターレであるべきであった」、そして、『黄金の法』の言葉を借りれば、「モーセの悟りの未熟さがなければ、それは実現できることだった」)ということを教えて下さっているのですね。

 ポイントの二つ目、アラーとは誰か。それは、エローヒムであり、つまりエル・カンターレであったということです。これが今回、明確になりました。
今までは約40人の指導霊団を総称してアラーと呼ぶことが多いと言われていましたが、勿論そういう面もありますが、(アラーの)存在の本質は、エローヒムであり、エル・カンターレであったということです。
確かに、私もかつて、アフリカの友人からこのように尋ねられたことがあります。
「エル・カンターレの説明をするときに、"アラー"という言葉を使ってもよいか」と。
キリスト教の創造主について説明するときに、(寛容な)イスラム教徒は、"アラー"という言葉をそれに当てます。ですから、同じようにイスラム教的背景を持った人達に、
「エル・カンターレの説明として、アラーという言葉を使ってもいいか?」
と聞いてきたわけですね。
その時は、その質問の持つ深い意味を今ほどよく理解していませんでしたが、今、この「霊言」を拝聴してみると、改めてよくわかります。
なぜ彼が、私にそういう質問をして、本部講師である私に「使ってもいいよ」と言って欲しかったのかが、よくわかります。
 一年前のマレーシアでの出来事ですが、マレーシアというのは、主としてイスラム教国ではありますが、一定の信教の自由がある中、キリスト教の創造主に対して、「アラー」の名称を使用することを、実質的には長らく許容してきたのですね。(これは、一般的なイスラム教国では、今でもそうです。)
ところが、一年前に(宗教)高等裁判所が、
「マレー語の記述において、キリスト教の創造主を"アラー"と呼ぶことを認める」
という判決を改めて出したところ、これが、イスラム原理主義者の間で大きな問題となって、ある種の騒動のようなことが起きたことがありました。
「騒いでいるのは一部のイスラム教徒だけだ」という見方もありましたが、課題も見えてきました。いずれにせよ、
「アラーとは、エローヒムのことである」
という言葉は、「これから大変重要な意味を持ってくる」というのが、おわかり頂けると思います。

 そして、最後のポイントは、
「キリスト教のイエスの父は、エル・カンターレである」
ということです。つまり、
「イスラム教の源・アラーはエローヒム、つまりエル・カンターレ」
であり、
「ユダヤ教の造物主、いわゆるヤーウェの教えの中核の部分の発信源は誰かというと、オフェアリス、すなわちエル・カンターレ」
であり、
「キリスト教のイエスの父も、エル・カンターレ」
であるということです。

これによって、世界の3大宗教、4大宗教の源は、すべてエル・カンターレであり、
「信仰が向かっていく対象は、エル・カンターレであった」
ということも、お分かりいただけたと思います。
日本に住んでいますと、こういう内容も、何となく世界史の授業を受けている位の感覚で取ってしまうかと思いますが、実は、一歩日本の外に出ると、根源的なテーマになってきて、本当に腹を据えて取りかからないといけないテーマになってくるのですね。
今まで一番分かりづらかったのは、ユダヤ教のところだったと思いますが、今回、これで明らかになってまいりました。
 
 今日は、やや世界宗教史的な、重厚な中身だったかと思いますが、この部分が、今後10年、20年、本格的に世界伝道していく上で、大きく問われてくると思います。今回は「霊言」という形で明らかになりましたが、いずれもう一段、二段と、このテーマは、先生によって鮮明にされていくと思います。是非、この「霊言」を拝聴されますことを心よりお勧めいたします。
 本日は、どうもありがとうございました。(以上)