2012年8月23日木曜日

(第46号)『中国の高下駄(人民元)を叩き折れ!』


 

 8月25日に幸福の科学の全国の支部・精舎で開示になる、

 
「『野獣対談』~元祖・幸福維新~」

(大川隆法総裁と松島幸福実現党幹事長の対談)
 
の中で、大川総裁が大変面白い指摘をしている。


「中国も韓国も、(彼らの経済を)破壊しようとしたら簡単なんで、通貨のところで、
 
中国(人民元)も韓国(ウォン)も、事実上固定にして、ハンディをもらって、
 
輸出の安売り(ダンピング)で儲けてきたが、本当は経済成長に伴って、
 
本来の自由な変動相場制によって、通貨(人民元/ウォン)を切り上げていかなければいけなかったんだ。

これをやればいいんだよ、交渉してね。

ハンディを削って裸の実力で勝負させたら、あっという間にガーッと貿易黒字が削れて、経済が弱ってしまうから。」

 

確かに日本経済も、1973年の高度成長終焉(しゅうえん)のときまで、「円の固定相場制」というハンディをアメリカから与えてもらって、
 
戦後の経済復興を成し遂げたが、この年、円/ドルの固定相場制を止めざるを得なくなった結果、秋に勃発した石油ショックと相まって、
 
いわゆる高度成長は二度と戻って来ないようになった。

これは、小国にとっては、一見、悲しいことのようにも見えるが、同時に国際社会の中では、日本が"大人の仲間入り"をしたことを意味している。

「為替レート(人民元)の不正操作」(アメリカ議会曰く)によって、尖閣列島を威嚇できるだけの軍事費(貿易黒字)を貯めこんできたのであるならば、そろそろ中国政府を「大人扱い」してあげても良い時期だ。

きっと、彼らも肝を冷やすだろう。そして、

「毎年10%の軍事費の増大を20年間も続けてきた」

と豪語してきたことの中身が、単なる"砂上の楼閣"だったことを思い知らされることになるだろう。

  

          サムソンの製品には輸入制限


 

 ついでに、最近、李明博大統領がいささかおかしくなり始めた韓国政府も、「為替レート(ウォン)の不正操作国」に認定すると良いのではないか。

「中国政府の不正操作」については、近年では年に2回、年中行事のように、その有無がアメリカの政府から議会に報告されているが、

韓国についても、先月、経済分野ではアメリカでトップクラスのシンクタンクである「ピーターソン国際経済研究所(PIIE)」が、

「中国らと併せて、韓国を"為替レート操作国"に指定し、罰則的関税を課すべし」

との報告書を発表している。

「韓国が北朝鮮と戦争になったときには、日本という後背地の国からの助けが無ければ、そもそも国が滅亡してしまうのに、

そんなこともわからずに、大統領自ら竹島に上陸して日本を挑発するなど、完全にくるっている」

とは、後藤田正晴氏の霊を始めとする、最近矢継ぎ早に開示されている「霊言」に登場する霊人が、一致して指摘しているところである。

彼らが共通して言っているのは、

「韓国のサムソンの電化製品の輸入を制限してしまえばよい」

ということだ。

一説によれば、韓国のGDPの2割をサムソンが稼ぎ出しているそうだから、これだけでも十分激震が走るだろうが、

「為替レート(ウォン)の是正を要求し、拒否するならアメリカのように、韓国からの輸入品に報復関税をかける」

というのは、今の日韓経済関係から見れば、事実上、韓国経済の""を意味する。

要は、「ひとこと言葉を発すれば、竹島問題は解決する」ということを言いたいのである。 

 

 細かな話をすれば、

「そんなことを言えば、中国も日本の輸出品に対して報復関税をかけてくるのではないか」

という議論があるだろう。

しかし、「中国の為替レート(人民元)の操作」については、アメリカのみならず、世界中の国が怒っているので、各国と協力して中国を包囲していけば良いだろう。中国も、全世界の貿易国を相手にケンカするわけにはいかないだろう。

また、

「報復関税(全面的な相殺関税)をかけるには、法律の改正が必要なので、中国政府の意向を受けた政党に、国会で抵抗されるのではないか」

との議論もあるかもしれないが、関税定率法の条文を読むかぎりは、

「政治的判断があれば、首相の決断ひとつで出来なくもない」

ようにも読める。

要は、「尖閣列島が奪われるかもしれない」というこの期に及んで、相変わらず中国政府から手厚い便宜供与を受けている政治家/政党がいるのであれば、堂々と議論をして、彼らの正体を白日の下にさらせばよいのである。

しかも、こちらが主張している内容は、

「為替レートの操作を止めて、公正なルール(変動相場制)の下で取引(競争)しよう」

という、誠に堂々たるものなので、何ら臆するところはない。

 

 これまで日本の国には、妙な「政経分離」があって、「経済上の武器」を「政治上の交渉」に使わないという伝統?があった。

しかし、昨今の尖閣列島や竹島の状況を見ると、国としての矜持(きょうじ)と独立を保つために、

「発動すべきものは、いつでも発動する用意がある」
ことを、はっきり示した方がよいと思うのである。(了)

2012年8月15日水曜日

(第45号)『反原発に流れる中国政府の資金』



 去る8月12日より、幸福の科学の全国の支部・精舎で、

「『核か反核か』~清水幾太郎の霊言」

が開示された。

"清水幾太郎"という名前を聞いて、若い方は全くイメージが沸かないかもしれないが、 
おそらく五十代から上の方で、思想方面に関心のあった方には、特別な郷愁を持って思い出される名前だろう。

いわゆる60年安保のときには、反米運動の理論的・精神的支柱として、左翼の安保闘争を引っ張ったにもかかわらず、

闘いに破れた後は、運動から全く離れて70年安保も素通りしていたが、1970年代後半になって、突然、劇的な"転向"を遂げ、旧ソ連、中国を徹底批判して、マルクス主義の批判に鋭く切り込み、

自らの半生(転向)を総括した自叙伝である

『わが人生の断片』(1975年)の他、

『戦後を疑う』(1980年)、

『日本よ国家たれ~核の選択』(1980年)

などを発表して、当時の日本人の度肝を抜いた。

(ちなみに、これら三冊は、いずれも文芸春秋社刊である。特に、清水幾太郎の代表作の一つになった『日本よ国家たれ~核の選択』は、同社の中で月刊「文芸春秋」と並び称された『諸君!』(807月号)で発表された。

嗚呼、今や三流風俗誌並みの発刊しかできない現在の文芸春秋とは、天と地ほどの違いだ。
清水幾太郎氏も、草葉の陰で泣いているだろう。)


当時大学生だった筆者は、"転向"後の清水氏の作品としか出会わなかったが、随分と啓発された。 

安保闘争での敗北で、左翼の限界(問題)を嫌というほど痛感して"転向"した氏の「心の軌跡」(i.e.上述の「霊言」)は、

現代日本の、この「空気のような左翼思想」の説得に苦労している方々にとっては、大変参考になるところが多いだろう。

(ちなみに、同霊言は、9月に書籍として発刊される予定である。)

  

反核団体に中国政府から、国内の10倍の寄付金!

  

 1980年という早い段階で、

「核武装という選択肢を検討せよ」

「日本は空母部隊や原子力潜水艦隊を持つべし」

「防衛費はGNP3%は必要」

という主張を展開した慧眼(けいがん)には、驚かされるばかりだが、今日は、氏の別の論点を採り上げたい。

 現在の日本で、これだけ中国政府(軍)のスパイ活動が跋扈(ばっこ)し、それについては、一部の新聞で漸く(ようやく)本格的に報道されるようになったが、それ以外にも、

「反原発運動や沖縄の米軍基地反対運動には、中国政府の工作資金が流れている」

と、関係者の間では半ば公然と語られているのに、それを真正面から報道するマスコミが、全く存在しない。

あたかもそこには完璧なタブーが存在し、

「それについては採り上げてはならない」

と、まるで「報道協定」が存在しているが如くである。

目の前の現実だけ見ると、

「これが日本社会(マスコミ)の常態なのか」
と思わず考え込んでしまいそうになるが、清水幾太郎氏の『日本よ国家たれ』を読むと、

「冗談じゃない。こんな状態は「常識」でも何でもなくて、かつてはきちんと事実を指摘する、気骨のある言論人が存在したのだ」

ということが良くわかる。


具体的に言うと、同書の中では、

「昭和3886/7日付け朝日新聞に寄稿した同氏の文章を引用する形で、

『原水協(原水爆禁止日本協議会)という全国的な反核団体の「会計監査報告書」によれば、日本国内からの寄付金総額の約10倍の金額の寄付が、当時の中国政府から提供されていた』という事実」

が指摘されている。


そうなのだ!

あの頃は、こういうことをしっかり「発表」する気骨のある言論人が存在したのだ。
これに比べると、今の日本のマスコミの「ていたらく」は何としたことか。

こんな状態だから、尖閣列島にも危機を招いているのだ。

(本稿執筆中の8/15夕、「尖閣列島に中国人が上陸した」との第一報が入ってきた。)


日本の心ある言論人、マスコミ人、そして、政府関係者にも問いたい。

「真実を知っているなら、勇気を持って事実を述べよ」

と。(了)