2013年1月15日火曜日

(第53号)『なぜ、幸福の科学大学が必要なのか~国際政治学の視点から~』





 今回は、やや変わったタイトルを選んでみました。

多少、ハッピーサイエンスのメンバー向きに見えるかもしれませんが、読んでいただくとお分かりのとおり、内容は一般的な普遍性を広く持っていると自負しておりますので、

敢えてこの表題で行かせて頂きたいと思います。

様々にある「幸福の科学大学論」の中でも、「国際政治学」の視点から切り込んだものは、まだないと思いますので、新鮮かと思います。

大川隆法総裁の大学時代の専攻が「国際政治学」であったことを意識した論考になっていることは、勿論です。

 
恐るべきは、学問を占領されること
 

 多くの人は、例えば、幸福実現党の主張でもある

「中国の脅威に備えよ」、

「中国の核ミサイルや北朝鮮の核実験をにらんで、日本の国防を強化しなければならない」

という見解を訴えたときに、何とも言えない「空しさ」(通じないという感覚)を味わったことが、ままあるかと思います。

それは、国民の大宗が、教育とマスコミを通じて、一定の「洗脳」を受けているという現実があるからで、特に戦前生まれの世代が社会の第一線から退いたこの十年あまり、非常に顕著な現象として、社会を覆ってきました。

具体的には、

「中国に悪意を持ってはいけない」、

「悪意を持った国(ex中国、北朝鮮)の意図を防衛力で挫く(くじく)などということは、するものではない」

などというものですね。

これを無意識のうちに初等教育のうちから教え込まれ、社会人になってからは、「マスコミの説く常識」として刷り込まれるわけですが、発信源はすべて、大学で教える学問の中にあります。

(小中学校の先生もマスコミのジャーナリストも、すべて大学の学者の発信する「学問」に依拠しているからです。)

これほどまでに、「学問を占領される」のは恐ろしいことで、あのケインズも、「学問と思想の洗脳力ほど怖いものはない」と述懐していました。

 

 幸福の科学をフォローしている方ならご存じのとおり、戦後のいわゆる「左翼史観」、「自虐史観」の日本人学者の側からの発信源は、東大法学部政治学科の丸山真男、坂本義和らでした。

彼らに学んだマスコミ人が、やがて新聞の論説委員、編集委員などになって、毎日毒水?を流してきたのですから、たまったものではないのですが、ここでひとつ、「頭の体操」をしてみて頂きたいのです。

日本の左翼的な(国際)政治学というのは、かなり特異(奇異)な現象であって、欧米の正統派の国際政治学は、これとは大分異なった様相を呈しています。

もちろん、欧米の方にも、坂本らの空想的な?平和主義ほど極端でないにしても、理想主義的な国際政治学が一時期流行ったこともあるのですが、それに対して、

「現実を見据えよ」

と厳しく批判して、現在の国際政治学の正統派(主流派)を形成してきた人達がいました。

今のアメリカなどの大学では、学生はこの「国際政治学」を中心に学ぶのですが、もし日本の大学でも、丸山、坂本らの「政治学」ではなくて、今からご紹介する主流派の国際政治学を歴代学んできたとしたら、

「日本のその後の歴史はどう展開してきただろうか」、

「今とは違う、別の啓蒙を受けた日本の世論は、皆様の働きかけに対して、今頃、どのような反応をしているだろうか」

というのを想像して頂きたいのです。

  
ここまで現代中国の出現を言い当てた予言の書!
 

 今から採り上げるのは、現代国際政治学の祖とも言うべき、

ハンス・モーゲンソー元シカゴ大学教授(1980年没)

の代表作で、欧米の大学の国際政治学の授業では教科書代わりに使われている、
 

『国際政治~権力と平和~』

(Politics among Nations: The Struggle for Power and Peace)


です。著わされたのは、中華人民共和国が成立する前年の1948年でした。

モーゲンソー教授らが現代の国際政治学を定立した動機(情熱)というのは、

「なぜ二度までも、世界大戦は起きてしまったのか」

という、その原因を究明したかったからでした。

その結果、教授が到達した結論は、

「第一次世界大戦は、現状維持を願う相手国を「侵略を狙っている」(帝国主義的)と誤解して、疑心暗鬼になったところから起きた。これに対して、

第二次大戦は、侵略を狙っている欧州の帝国主義的な国(ナチスドイツ)を「現状維持(現状回復)を願っているだけだ」と甘く見たところから起きてしまった」

ということです。

こういう視点(特に第二次大戦に対する観方)を持っていると、現代の中国の本質(正体)を見抜くときに、大きな力を発揮することがお分かり頂けるでしょう。

以下に同書からの引用を挙げますが、そこに登場する帝国主義的な国(ナチスドイツ)を「現代の中国」に置き換えると、目から鱗(うろこ)の落ちる人も多いと思います。
 

「帝国主義的な国に対して融和策をとる国(例えば今の日本ですね)は、彼らの一個一個の要求が、合理的で限定的なものだと考えるが、その見方の決定的な誤りは、

彼らの要求が、決してそれだけで独立したものでもなければ、特定の不満から生まれたものでもなく、最終的に相手(ex.日本)を打ち倒すに至る鎖の輪の途中の一つに過ぎないということを、初めから見落としている点である…

従って、これによる漸進的な変更は両者の力関係を必ず逆転させ、帝国主義国は、宥和策の怖さを知らない相手(ex.日本)から、一滴の血も流さないで、決定的な勝利を勝ち取ることになるだろう」

(まるで今の尖閣の状況を予言したかのような一節です。)

 

「(無制限な覇権を狙う「世界帝国」は、時に歴史に登場するものである。)彼らは合理的な限界を知らず、優勢な勢力によって止められなければ、世界の果てまで突き進むような「膨張への衝動」を、歴史上共通に持っている。…

この欲望は、「征服可能なものはすべて征服しよう」とする点において、まさしく節度に欠けた衝動である」

(習近平の隠された本性は、「歴史上確かに存在したことがあり、今後も登場し得るのだ」ということを、学問的に実証した警句でしょう。)

 

「帝国主義国のことを現状維持を望む国と見誤って、宥和策を採ることは、致命傷になる恐れが大きい。ギブ・アンド・テイクや妥協策は、いたずらに相手を利するだけであり、

このような国に対しては、基本的に「封じ込め」によって対抗する以外に策はないと思った方が良い」

(中国包囲網の必然性が理解できる洞察かと思います。)

 

「帝国主義には、軍事帝国主義だけでなく、文化帝国主義と呼ぶべきものがある。これは、帝国主義政策の中では最も巧妙で、成功率の高い帝国主義である。

その目的は、相手国の国民の心を征服し制御することで、軍事的征服者や経済的支配者にも増して、最も安定した地盤の上にその覇権を築くことができる」

(まさに中国政府の意図を想起させるような一文です。ちなみにモーゲンソーは、ナチスドイツが第二次大戦前に、オーストリア、ベルギー、フランス等で、それらの国の政府内外の多数の有力市民をナチスの哲学に改宗させて、

軍事的占領の完了する前に、一部文化的に既に征服していた事例を挙げていますが、これなども、我々が心して対処しなければいけない現象でしょう。)

 

「英仏がナチスドイツの意図を本当の意味で理解したのは、第二次大戦勃発のわずか半年前の1939年春、チェコスロバキア併合という現実を目の当たりにしてからであった。

相手国の偽装の背後に隠れた外交政策の真実の姿を見抜くのは、大変困難を極めるが(それが国際政治学の目的の一つでもあるが)、少なくとも、1933年にヒトラーが政権を獲得したときのドイツ政府の綱領を見れば、それは予見された事態だっただろう。…

(その失われた6年の間に、英仏はもはや「降伏するか破滅的な開戦をするしかない」ところまで追い詰められるほど)ドイツ軍の軍備は増強されてしまったのである」

(ここまで来ると、もう「何をかいわんや」ですね。)

  
米国際政治学者には日本の核武装支持者も多い 


 安倍政権の登場に伴い、そのタカ派的な?スタンスをあからさまに非難するニューヨーク・タイムズの社説やストレート・タイムズ(@シンガポール)の記事などが散見されます。

率直に申し上げて、中国政府のロビー活動が相当に効いていると思われるそれらの論調(識者)や、様々な思惑・利害で動いている米政府関係者(政治家・官僚)の対日発言はさて置くとしまして、

それらの方々の向こうに居る米国際政治学の正統派の学者(モーゲンソーの後継者達)の間では、意外にも、

「日本の核武装を支持する声が多い」

(国際政治学者伊藤貫氏の見解による)

ということは、ここまで読んでこられた読者には、何となくお分かり頂けると思います。

「国際政治のバランス・オブ・パワーから言えば、核に対抗(抑止)するには核しかなく、アメリカの衰退に伴って「アメリカの核の傘が破れ始めている」現実を直視するならば、

国家として生き残りたいのであれば、核武装するのが筋」

であることは、国際政治学の正統派からすれば、「当然の結論」なのでしょう。

 

 いずれにせよ、様々に中国のケースに引き当ててお話した事例からもお分かりのとおり、丸山/坂本政治学の代わりに、こういう本来の国際政治学(学問)を大学時代に一般教養として学び、身につけ、

社会に巣立った後は、マスコミ・政界・官界その他社会の要衝で、健全な遺伝子として働いて頂ければ、

「日本の運命は大きく変わっただろう」、

「皆様方の啓蒙活動も、全く違った効果を生み出しただろう」

ということが、十分ご推察頂けるのではないかと思います。

大学を通じた「学問の改革」が、如何に重要であるか…。

幸福の科学大学の使命は無限です。(了)

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